「テスト前でもないのに、どしたの?お前が勉強?」
高校の西校舎3階にある図書室。地元、出雲崎について書かれた郷土誌をめくる私の背後から、ひょいと拓実がのぞきこむ。
「今度の授業で、ふるさと自慢プレゼンテーションがあるから、その準備。何?いま自分の住む町について調べたりするのって、最近のはやりなわけ?」
「うーん、地方創生が始まってからどこの学校でもふるさと愛を育む、とかそういう授業が増えているんだって」。拓実はイマドキ男子に見えて、結構、時事ネタに詳しい。
「ふ~ん。地方創生?」
「ほら、東京の一極集中をなくして、地方をもっと元気にしようと国がいま頑張ってるやつ」
「てか、やっぱり私は東京の大学に行きたいけどね~」。
ここ一週間ほど、自分の住む町について調べるうちに、へぇ~がいくつか見つかった。ひとつは、ここ、出雲崎は北前船の時代、大事な港として栄えたこと、そして、禅僧であり、書家、詩人として活躍した良寛さんゆかりの地であること、などだ。
「ねぇ、知ってた?良寛さんって」
「坊さんでしょ?あんま良く知らないけれど、うちの町には記念館とか、良寛さんの名前がついた場所がいくつかあるよね?」
「そうなの。でね、いろんなエピソードを調べていくうちにね、なんか良寛さんの可愛い素顔を発見したの。聞きたい?ふむ、そんなに聞きたいなら、教えてしんぜよう。ええと、まず、江戸時代後期、ここ、出雲崎に生まれた良寛さんは、生涯にわたって寺を持たず、民衆に愛され、信頼を集めた無欲恬淡な人として知られます」
「むよくてんたん?」
「欲がなくて、物事に執着しないこと。ちょっと続きを聞いて。でね、良寛さん、難しいことは言わず、14歳でも分かる簡単な言葉で説法を説いたお坊さんで、『子どもの純真な心こそ、仏の心』と信じて、子どもたちと手毬をついたりして遊んだんだって。高名な人から頼まれた書は断っても、子どもから凧に文字を書いてほしい、と頼まれれば喜んで書いたっていうのもカッコいいよね」
「ふーん。オレと同じで権力には屈しないタイプだな」
「でね、ちょっと可愛いエピソードがあって、子どもたちとかくれんぼをしていて、鬼になった良寛さんが、『もういいよ』の合図を待ってるうちに、子どもは一人、また一人と家に帰ってしまったんだって。翌朝、子どもたちが同じ場所に来ると、良寛さんは目をつむって一晩中、同じ格好でいたんだって」
「へぇ~。そんなヤツいるかよ、ってツッコミたくなるけど、なんか良寛さんって、天然ってか、憎めないな。みんなから慕われるのも、なんか分かる気がする」
「でしょー。いい話、聞かせたんだから、お礼に何か返しなさいよ。あ、石井鮮魚店の浜焼きで手を打つか。昔ながらの炭火でお母さんたちがじっくり焼き上げてくれるあの美味しさは、出雲崎ならぬ新潟のソウルフード!」
「相変わらず色気より食い気だな~。お礼に、夕日の丘公園の夕凪の橋、一緒に渡ってあげてもいいよ、と言おうとしたんだけど」
「は?なに、上から目線で言ってんの? 恋愛成就ってウワサの橋をあんたと一緒に渡るの?マジすぎてちょっとドン引き。てか、ちょっと考えさせて」