「手にとれば こころおのずと高鳴らん
荒海に挑んだ嘉兵衛餅といへる淡路の銘菓」
風光明媚で穏やかな陽光が海洋に降り注ぐ瀬戸内海の淡路島。夏は鏡のように穏やか、冬は荒波が吹きすさぶ変動の激しい海です。この地で生まれたのが、北前船交易で巨万の富を築いた豪商であり、ゴローニン事件では、日露間の外交問題の解決に奔走した高田屋嘉兵衛。そんな彼にちなんで生まれた銘菓が、嘉兵衛の故郷、洲本市五色に店を構える住吉堂本舗の「嘉兵衛餅」で、柔らかな求肥餅でたっぷりのつぶ餡を包んだ一口サイズの半生菓子は、口にするとお餅がのびるほどの柔らかさ。つい、あともう一つ、もう一つ、と手が伸びてしまう美味しさです。
この嘉兵衛、生まれ持った天賦の資質と、先見性、交渉手腕でたちまちスピード出生し、命がけで日露交渉に臨んだ立役者として知られます。先祖は戦国武士でありながら、貧しい百姓の六人兄弟の長男として生まれ、生活は苦しいものでした。小さな身体(身長150センチほど)にあふれるほどの胆力をみなぎらせ、正義感と負けじ魂を持つスケールの大きな子どもだったといいます。海への憧れが強く、飽きることなく潮流を観察しては、わずか7歳で潮の干満を読む力を身につけ、周囲の大人たちを驚かせたほど。
そんな彼が22歳で故郷の淡路島を出て兵庫へ向かったのは、後の伴侶となる「ふさ」との許されぬ恋でした。漁船を有する網元のお嬢様であったふさと、農村から漁村にやってきた「よそ者」の嘉兵衛。二人は恋仲になり、将来を誓い合いますが、そのことで、単なるよそ者いじめから、村八分へと嘉兵衛への仕打ちはエスカレートしていきます。身の危険を感じた嘉兵衛は兵庫へ出奔、ふさも、嘉兵衛との恋を貫くために、何一つ不自由ない暮らしを捨てて淡路島を脱出します。
一時の情熱でなく、冷静な判断と緻密な計画が功を奏してふたりは晴れて夫婦に。北前船の船主としてだけでなく、恋の荒海をも見事に乗り切った嘉兵衛とふさ。そんな嘉兵衛にちなんで作られたこの銘菓を、人生をともに歩みたい、そんな運命の相手とともに食べれば、その思いが成就されるかもしれません。